暖心-hot heart-
大晦日とは思えないほど昼は暖かな陽気だったが、流石に夜は冷たい夜風に晒されて冷え込んでいる。
待ち合わせは夜10時。
人の多い駅前は避けて、青春学園の校門前に集合だった。
時間まであと20分もあるため、そこには手塚以外、誰も来ていなかった。
「少し早すぎたか…」
人に待たされるより待たす事を嫌う手塚は、どんな時でも必ず時間より早目に家を出てくる。
今日もいつものように余裕を持って出て来たのだが、思ったよりも早く着いてしまい時間を持て余してしまった。
遅刻常習者やギリギリに来る面子ばかりではなく、大石や不二といった同じように早目にくるような人もいるから…と思っていたのだったが、どうや
らそうでもなかったらしい。
手塚は冷たくなってる手を少しでも保護しようと、両手をコートのポケットに突っ込んだ。
学校の校門前、しかも深夜になろうかという時間に、人の通りは多くない。
手塚が着いてから通りすがった人は、犬を散歩させている中年男性ひとりだけだ。
いくら冬とはいえ、夜の学校などに誰が来たいと思うのか…
だからこそ青学メンバーで初詣の話が持ち上がった時に、「見つけやすい」という理由だけで学校が待ち合わせ場所になったわけだが。
でも反対に人がいない場所に時間つぶしの店などがあるはずもなく、手塚は寒い中じっと立って他のメンバーの到着を待っていた。
やがて時刻がそろそろ10時になろうかとした時、ひとつ向こうの角から乾・菊丸・不二・大石・河村の3年生メンバーが揃って歩いてくるのが見え
た。
談笑しながらゆっくりと歩いてきたのだが、メンバーは手塚を見つけるとダッシュで駆けつける。
「手塚、もう来てたんだ。相変わらず早いね」
「時間ジャストだな。もう少し遅かったら、そこのグラウンドを10周走らせるとこだぞ」
不二の言葉に多少噛み合ってない言葉で手塚が返す。
「手塚はいつからここに? なんか鼻の頭が赤いにゃ」
「あ…えっと…、20分前くらいだったと思う」
寒さで痛いのか、それとも菊丸の言葉が気になったのか、手塚は鼻の頭を手の甲で軽く押さえる。
あまりにもサラリと言われた言葉にメンバーはいったん思考が停止し、次いで慌てふためいた。
「に…20分!? こんな寒いのにそんなに待ってたのか!?」
蒼褪めた顔をして大石が問う。
逆に手塚は、何故皆がこんなに慌てているのかがわからず、そうとは見えない表情でキョトンとしていた。
「この寒空の下、20分もただ突っ立ってるだけだと、風邪をひく可能性は60%だな」
乾の言葉に、手塚はあ…!と去年の出来事を思い出す。
去年も部のメンバーで初詣の話が上がり、手塚はやはり早く来ていて30分も寒空の下待っていたのだ。
その結果、翌日には見事に風邪をひき、正月早々39度の高熱で伏せる羽目になってしまった。
更に3日には皆で遊園地に遊びに行こうと計画立ててたのがダメになり、手塚もがっかりしたが、手塚が病で伏せってるのに…と他のメンバーも行
くのを取りやめ、がっかりしたのだった。
手塚は何も予定を変更しなくても…とは思ったが、皆が言うには「全員揃って行くという事に意味がある」のだとか。
そして、その予定は今回も年明け3日に組み込まれているのだ。
「手塚、これしなよ。予備のマフラーがあるから、寒いと思って2つ持ってきたんだ」
バックの中から河村がカシミヤのマフラーを取り出すと、菊丸も手袋を取り出し
「じゃ、俺は手袋を1つ貸すから。寒いから2重にしてきたんだよね」
と、二人して手塚に差し出してきたから、手塚は思いきり困惑してしまった。
確かに大晦日の夜に外へ出るのに、防寒はコートだけだとは自分も迂闊だとは思ったが、こうまで心配されると友達ではなく、まるで小さい子供の
ようではないかと思ってしまう。
受け取ろうか迷ってる時に、いきなり頬に熱い物を当てられて手塚は心底驚いた。
「……あつ…っ!!」
「好意は素直に受け取るもんだよ。はい」
見ると、その熱い物はホットの缶コーヒーで、不二がそのまま手塚に渡す。
「手塚の事だから、缶ジュースで暖を取ろうとも考え付かなくて、20分間ずっと立って待ってたんじゃないか?」
「飲み物はトイレが近くなる。近くに学校があったって、トイレには入れないんだから飲まなくても仕方ないだろう」
乾の言葉が図星だったため少々腹が立ち、手塚は不二から缶コーヒーを受け取りながらボソッと呟く。
「でも、缶ジュースをカイロ代わりには出来るよな」
さらに指摘する大石に、手塚は飲まなくては勿体無い…と返そうとしたが、口をつぐむ。
手塚とて、皆が心配して言ってくれてるのはわかっているのだ。
「…すまない」
反論の代わりに謝罪の言葉を声にのせる。
元を正せば防寒を怠って皆を心配させた自分が悪いのだし、これ以上何かしらの反論をしてお互いの気分や雰囲気を害したら、とても初詣どころ
ではない。
「なに先輩達、部長をいじめてるんすか?」
声のする方を見ると、不二達の後ろに越前が立っていた。
「おチビ。また遅刻! 今度の練習でグラウンド10周だね」
「出て来る時に、除夜の鐘をつけって親父に言われたんで抜けるのに苦労したんすよ。 …って、そうじゃなくて、なんで部長が謝ってるの? いじ
め?」
茶化す菊丸に越前は言い訳すると、向き直ってじっと手塚の目を見る。
「いじめじゃないよ。皆で手塚の心配してただけ」
「は?」
説明する不二の言葉に越前が眉を寄せる。
「手塚はこの寒い中、マフラーも手袋もカイロもなしで20分もここで立って待ってたんだよ」
大石の補足でようやく事態を飲み込めた越前は、ポケットに入れてた使い捨てカイロを側に寄って、手塚に手渡す。
「あんたバカっすか? こんな寒いのにただ突っ立ってるだけじゃ風邪ひくじゃん」
カイロを渡されながら聞いた手塚は一瞬固まり、他のメンバーは先ほど自分達が言ったままの言葉に、プッと吹き出しつつもそれ以上の笑いを堪
えた。
固まりから解けた手塚は、もらったホットの缶ジュースとカイロを両手に持ち、越前の両頬に思いきり押し当てる。
「――あ…、あつ! 熱い! 熱いって部長!!」
「遅刻してきて先輩をバカ呼ばわりとはいい度胸だ」
心配して言ってくれたのだとは思っても、やはり後輩にそう言われては先輩として立つ瀬がない。
離してくれない手塚に、越前は目が合った河村に視線で助けを求めた。
「手塚、あまりやりすぎると越前の頬が低温火傷になるよ」
そんな事は手塚もわかってるとは思いつつ、河村は求められるままに助け舟を出す。
「越前、今度の練習ではグラウンド30周だからな」
眉間にしわを寄せながら手塚は頬を挟んでいた手を離し、越前にそう言い放った。
「えーっ! そりゃないっすよ!」
「口は災いの元だね。その口の悪さは直した方がいいんじゃないかな」
焦った越前が手塚に食いかかろうとした時に、不二が笑いながらたしなめる。
「それに、走るのは越前だけじゃない」
乾が言いながら遥か向こうの角に目を向け、他のメンバーもそれに習う。
すると、角の向こうから何やら人の声がして…その声は序々に近づき、やがて二人の組の言い合う言葉が聞えてきた。
「時間より5分越前が遅刻。あの二人は10分の遅刻だな」
「あの二人も30周だ」
時計を見ながら乾が呟くと、溜息をついて手塚が言う。
角から見えた姿は間違いなく桃城と海堂。
「あ! やっべー! もう皆いるじゃんかよ!」
「てめぇが時間あるからとぬかしてマフラーなんざ取りに戻るからだ。バカヤロウ!」
「あぁ!? マムシだって時間前に来ていて手袋忘れたとか言ってただろ!?」
走りながらでも決して声量の衰えない桃城につられ、海堂も大声になっている。
あんな調子でずっと言い合いながら、走って来たのだろうか。
「じゃあ、行くぞ」
二人の到着を待たずに手塚が歩き出す。
「待たないんすか?」
「あの様子なら、すぐに追いつくよ。それに…」
越前の問いかけに大石が答え、先を行く手塚を見て可笑しそうに笑う。
「それに、手塚にとって恥ずかしい言葉を言いながら二人が走ってくるから、照れくさくて待っていたくないんだろう」
同じように笑ってる不二が、大石の言葉を引き継いだ。
二人が遅れた理由を此処で問いただすと、手塚にとってはまた自分に不利な状況になると考え、先に歩きだしたのだった。
「ちゃんと防寒をしてれば誰も何も言わないのにね」
見ると手塚は、カシミヤのマフラーを巻き、手袋をはめ、カイロと缶ジュースを持っている。
不二の言葉に納得した越前、そして他のメンバーは手塚の後について歩き出す。
それを遠くから見た海堂はさらにスピードを上げ、桃城は夜中だと言う事も忘れて、声のあらん限りに叫んだ。
「おぉ〜い! 待ってくれーっ!!」
終わり
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あけましておめでとうございます。
謹賀新年という事で、小説を書いてみました。
読んだ後に暖かい気持ちになればいいなぁと思って書いた話ですが
何だかよくわからない内容になってしまいました…(汗)
こんな拙い小説ですがフリーにしますので
お気に召しましたら、どうぞ持ち帰ってくださいませ。
2004年が皆さんにとって、私にとって、テニプリメンバーにとって…
何より手塚にとって良い年でありますように。
彼方