the LASTDAY 〜越前リョーマ〜


 今日は卒業式、なんだよね。
 ファンタ・オレンジを飲みながら、ぼうっと空を見上げる。
 ももちゃん先輩は、焼きそばパンをみんなに配るとか言って張り切っていたけど。
 ちょっと見かけたけど。
 何人分、作るつもりか知らないけど。
 あの量は、多過ぎ、だと思う。
 会ったら最後、作るのを無理矢理手伝われそうで、こうして、ぼうっとしてる。
 あー、そういえば、もう一人。
 こういう行事には無視して特訓でもしそうな人が、さっき渡り廊下を走って行くのを見かけた。
 ‥‥まぁ、わかるけど。
 感情表現が下手なだけで、直球ストレートな性格。
 ある意味うらやましいかもしんない。
 左手は、まだ開けていないファンタ・グレープがある。
 何回か手塚部長に上げた事があるけど。
 ‥‥全然、意味が伝わってない。
 言う気もないから、あげてるのに。
 ‥‥‥‥
 伝える気もないけど、ね。
 尊敬・敬意・‥‥そして、絶対に越えるから。宣告。
 同等な立場にいない事が悔しい。
 目にもとまっていない事が悔しい。
 あー。目にかけてはもらってるけど。
 同等じゃない。
 テニスで本気を出させられないのが悔しい。
 オレの好きな、あの人が嫌いな物をあげて。
 何回でも認識させる。
 これは、主張。
 これは、ちょっとした嫌がらせ。
 まぁ、確かにこの学校で会えるのは今日で最後かもしんないけど。
 別に会いたければ、いつでも会いに行けばいいんだし。
「うーん」
 伸びをして。
 うん、帰るかな。
 ちょっと、テニスコートに寄って。


 あれ。
 偶然にも手塚部長がいた。
 名残惜しんでいる、ってヤツかな。
 冷静に見えて、意外と熱いあの人らしい。
 かすかに笑って。
 そうっと、背後に忍び寄る。
 ‥‥最後、だしね?
 こっそり振ったファンタを。
 開ける。
  ぷしゅーーーー!
 勢いよく噴出すファンタ。
「‥‥‥‥」
 ちぇっ。
 声ひとつぐらい上げるかと思ったのに。
 肩に力入っているから、驚いてはいるんだろうけど。
「‥‥越前。お前は、こんな日にまで」
 振り向いたその顔。眉間にシワ。
 いつもの事。
 怒っているワケじゃない。
 呆れてるんだ。
「制服着るの最後だし。盛大に汚しちゃってもいいよね」
 帽子があれば被り直すんだけど。
 ないから、軽く一度、目をつぶる。
「この後、河村の家で送別会をしてくれるんじゃなかったのか」
 淡々と、すっかり忘れていたこの後の予定を告げられる。
 行くつもりなかったからすっかり忘れてた。
 まぁ。そんな素振りは見せず、そっけなく。
「そうだったね」
 なんて事のないように、頷く。
「どうするんだ」
 脱ぐとか、着替えるとか、解決方法なんていくらでもあるのに。
 さすがに困惑してるのか、思いつかないみたいだね。
「さあ?」
 別に教える程、親切じゃないし。
「‥‥おい」
 眉間のシワが深くなってる。
 呆れ度20%増し、って所かな。
「やあ」
 ‥‥‥‥全然、近づいて来てるの気付かなかったンスけど?
 嫌な予感を抱きつつ、振り返ってみる。
 今日は怪しげなドリンクは持ってなかった。
「また越前が何か‥‥ん? 手塚、なんだ、ジュースかけられたのか」
 また、何も言わない内に解決しちゃってるし。
「ああ」
「脱がないのかい?」
 ちぇ。困惑してるトコ、もうちょっと見てたかったんだけど。
 ま、いいか。
「‥‥そうだな」
 素直にガクラン脱いでるのを横目で見て、正面からは。
「なんで、アンタここにいるの」
 逆光しているそのメガネを見上げた。
 いつも神出鬼没で、やーな感じがするんだよね。
「ノートを忘れたんでね」
 メガネを右手で押し上げ、見慣れた新品のノートを見せられる。
 ‥‥一体、どこに、いつから置いてあったものやら。
「ああ、と。別にだいぶ前から忘れてたワケじゃないよ? 昨日、新たに1・2年生達のデータを取っていたんでね」
「ふーん」
 別に、口に出して聞いてないんだから。
 答えなくてもいいのに。
「大体、なんで俺までがこんな真似しなきゃなんねぇんだ!!」
 騒がしいのが、来た。
 ため息をつく。
 校舎の方から、相変わらず喧嘩しながら2年の二人。
 行商みたいなカッコで。
 山のような焼きそばパンを積んで。
 二人仲良く。
 競うように走って来た。
 ‥‥何人分なワケ?
「何言ってんだよ、親友じゃん、俺達」
 楽しげ、というより、思い切りからかってない? あれ。
「なった覚えはねぇ!」
 真面目に取ってるし。
 叫んでるし。
「元レギュラー陣、1・2年の3人まで揃ったな」
 揃えられたくないんだけど。
 満足そうに言って欲しくない。
「大石達も来ると言っている」
 まさかとは思うけど、ここ集合場とか何かなワケ?
 嫌な予感。
「と、言う事は、全員揃うな、これは」
 逃げるが勝ち。
「そうなるな」
「ふーん」
 淡々と交わされる会話を耳にしながら、さりげなく、そうっとその場を離れ――――
「越前」
 られなかった。キラリと光る黒ぶちメガネ。嫌な感じ。
「何」
 警戒しているのがバレないように、そっけなく。
「送別会、来るね?」
「別に。興味ないから」
 いつものように、ため息をつきつつ。
「来ないと、ある事ない事、手塚に話すけど?」
 その分厚いレンズの向こう。すごく楽しげに見える。
「‥‥なに、それ」
 脅迫?
 される覚えないけど?
 されるネタもないはずだけど?
「ない事は話すな」
 突っ込みは、珍しい人から入った。
 けど。
 送別会、行かないというのは無理。
 嫌な予感、あたり。
 辛気臭いの嫌いなんだけど。
 こっそりと溜め息をついた。



                  [ END ]









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