青学の柱
ドリー夢小説
かけがえのないもの、一つだけ選べと言われたら、あなたは何を手にしますか?
梅のつぼみ開く三月八日。
青春学園中等部の卒業式は厳かに行われていた。
体育館で多くの父兄が見守る中、様々な立ち場の人物から挨拶がある。
テニス部の手塚、不二、菊丸、大石、乾、河村は無事高等部への合格を決め、落ち着いた気持ちでこの日を迎えていた。しっとりとした音楽が流れる会場でかすかに肩を震わせる姿も見える。だが、この六人はそんな素振りも見せない。毅然とした態度で壇上を見つめる。それぞれ抱える思いはあるのだが、その中には迷いも悔いもない。
手塚の生徒会長として最後の大仕事である卒業生代表の答辞は、いかにも彼らしい力強さがこめられたものに仕上がった。一言一言に刻み続けていく熱い思い。の胸にもそれが別れの挨拶ではなくて、新たな意志の表明であるかのごとく響いてくる。凛とした声音は感情に震えることはなかった。
彼らにとって今日は決して終わりの日ではない。旅立ちの門出。今ならその言葉の意味がわかる。未来を見つめ続ける、彼らの視線を人よりたくさん見てきただからこそ自分もそうでありたいと願うようになった。
自分で見つめる未知を、自分で歩いていく。
全国大会の後、しばらく経つけどこの絆は消えないと信じてる。皆が堂々と胸を張って卒業するのだから、あたしだって胸を張りたい。
式は静かに卒業生を見送る在校生と父兄たちを体育館に残して幕を閉じた。
外は勿体ないくらいの快晴。今から自分の教室に戻って担任からの話があるのだろう。列はとっくに乱れて下駄箱は卒業生ばかりで埋め尽くされた。なんせ一学年の人数が多いからまだ話したことがない子もいて、それは少なからず残念なことなのだけどまだまだ自分の知らないこの学園生活を送った生徒がいるのだということはおもしろい。
三年間は早かった。
泣いたり笑ったり本当に色々あったのにそれらは全て『三年』という一言の中に納まってしまう。単語の包容力のなさには肩をすくめる。
ざわざわしてすぐにはクラスに全員が戻らないからそんなに急ぐ必要もない。
靴を履き替えずにぼーっと青い空を見上げているとシャッター音。
「間抜け面激写」
遠慮もなくそう言ったのは愛用のカメラを手にした不二だった。
「今日は人物も撮るんだ」
「やっぱり特別でしょ?」
詰め襟のホックを左手で外しながら近づいてくる。
「歓送会も撮るよ」
「また焼き増ししてよ。…さっきのヤツはいらないから」
「いらないの?じゃあ僕がもらおうっと」
「こらこらこら」
冗談冗談、と笑うが絶対本気だと思う。
「そろそろ下級生出てくるんじゃない?こんなとこにいて大丈夫?不二。襲われるぞー」
「大丈夫じゃないかも」
「…あんた、ちょっとは謙遜というものを知ったら?」
相変わらず余裕綽々な天才と歌われる男に目をそばめる。
「ちゃんが付きあってくれたら考える」
「やめてくれ。その言動の余波があたしにくる!」
それはもう、どこで聞きつけたかとこっちが問いたいほどに多くの女の子が。
あたたかい日差しをくぐって、ぬくい風が頬を撫でていった。
本当にいい天気で、テニス日和。
「まぁまぁ。これも試練と思って」
一つも表情を変えずにこんな台詞を吐ける中学生はそうそういない。
「はいはい」
「あ!!不二発見…って、何でまで」
大声が昇降口に響いたと思ったら顔を見せたのは英二だ。
「あたしまでいて悪かったわねー」
「そ、そーいう意味じゃないって!俺も入れろよ!」
ものすごい勢いで突進してきた英二に一歩体を引く。
「え。あたしもう行くから二人で下級生にサービスしとけば?」
そろそろざわついてきた、体育館の方向。父兄や式の参加者たちが出払うまで式場の後片付けもできないから、一度在校生も自分の教室に戻ることとなる。
「サービスって、もう朝から学校に辿り着けないかと思ったっつーの!」
後ろから英二の叫びが聞こえるが軽く無視してやった。
学園のアイドルも楽ではないようだ。
その巻き添えを食らうつもりは毛頭なかった。
さっさと靴を履き替えて階段を上る。
すると後方から慌てて二人が追いかけてきた。
「待てよー、桃とかオチビも出てくんぞ?」
「みんな後でゆっくり会えるじゃん」
テニス部は午後から部をあげて歓送会を催してくれることになっていた。
毎年恒例とはいえやはり自分たちが主役というのは嬉しいものだ。
最低でも一年、彼らと同じ部活で会えないというのはかなり寂しいが。
二階に差し掛かったところで教官室から出てきた手塚に鉢合わせする。
「あっ、手塚!」
「おつかれさまだったね、答辞」
立ち止まって井戸端会議を始める三年六組の二人にはっぱをかける。
「ほらアンタたちもゆっくりしてると下級生の餌食だよ?」
その言葉に慌てて階段を上りだす三人。
「でもなんか手塚らしい答辞だったよね」
「俺らしい?」
「ん、わかんないけどさ。しっかりしてた」
聞いてるこっちが背筋を伸ばされるような力強さがあった。
卒業証書授与のときちらっと見えたみんなの顔、試合前みたいに凛々しかった。つけあがるから言ってやんないけど。
さあ、潔く卒業しちゃいましょう!
クラスでの最後のHRが終わって友達といっぱい写真撮って、横目で女の子に囲まれてる部員を大変そうだなぁと眺めていた。学校の廊下とか、お世話になった先生だとか、一つ目のカメラがもう無くなりそう。
クラスの集合写真もばっちり撮ったし、とりあえず満足。ふざけてはしゃいで泣きじゃくってる友達とか無理やり撮ったりして。そんなことをしていると不意に遠くから乾の声がした。
「おーい、!コートで写真撮るぞ」
「行くー!!」
自分のカメラも一応ひっつかんで、乾のもとに走り寄った。
「今、不二たちが竜崎先生呼びにいってるんだ」
「あ、そっか。じゃ先行こ」
「そうだな」
そういえば、全国大会が終わった後もすぐにユニフォームで集合写真撮ったっけ。まだ現像してなかったな。早く出さなきゃ。
「あぁ、そうだ。歓送会このままだと時間が食い込むかもしれないな」
「うぉ!マジだ。んー、下の子ら待たせちゃうかな」
「今日ぐらい許してもらおうじゃないか」
ニッと乾が笑ってみせたのでも苦笑した。
「だーよね。今までお世話してあげたんだし?」
「本当に手のかかる奴ばかりだからな、下も」
「それ、あたしたちも下に言われてるかもよ!?手のかかる先輩らだったなー、って」
「ん。言われてる確率…」
「「 100% 」」
思わずかぶせた声に、乾は息を漏らした。
「まいったな」
「伊達にマネしてませんでしたのことよ?」
二人して大笑いして、やっとコートに着くともう皆勢ぞろいしていた。でもコート内に制服姿で勢ぞろいしているなんてのも見慣れない光景だ。
「おっそーい!二人とも!ほらっ、早く来いって!!」
またまた大声で英二が二人を呼びたてる。急かされて小走りで皆のもとへ集まった。三年生のレギュラーだった六人とレギュラーではなかったけれど最後まで残った部員三人、同期のマネージャーの、竜崎先生、全部で十一人。
かけがえのない仲間たち。
通りすがりの生徒を捕まえてシャッターをお願いした。
二列ぐらいに並んで、一列目の真ん中には英二が陣取る。タカさんは控えめに後列に回った。身長も考慮してか、乾も後列に並んだ。
「手塚も今日ぐらい、笑ったらどうだ?」
乾の隣に立った手塚に乾が眼鏡を光らせる。
「結構だ」
「えー!?はどこ入んだよー?前来い、前!」
「コラ、おまえたちじっとせんか!」
そんな竜崎先生のお咎めもそっちのけでは最良のポジションを探した。
「あたし前がいー!」
「よしきた!んじゃ俺の隣!」
「それは…やだ」
「なんで!!」
「僕の隣がいいなら素直にそう言えばいいのに…クスッ」
「それもやだ」
「あーもーほらほらちゃん困ってるだろ?英二も不二もそれぐらいにしとけって」
「うん、やっぱタカさんの隣だな!お邪魔しまーすっ」
「さっき前がいいって言ったじゃんっ」
「あ、もう。かがんでよ英二。映らないじゃん」
前列で暴れる英二。
「あー、もうOKだよ!とっとと撮ってくれ。構えんと静まらん奴らだねぇ、全く」
どんなはちゃめちゃな写真が撮れたのか現像するのが楽しみである。
「竜崎先生。三年間お世話になりました」
なんとかシャッターを押してもらうだけ押してもらって、手塚は顧問に頭を下げた。
「あぁ。これからもしっかりな。手塚は心配していないよ」
「スミレちゃん、ありがとね。今日の着物見違えるじゃん!かわいい」
「ったく、口の減らない子だね、あんたも。最初はと手塚がマネージャーと部長としてやっていけるのか心配だったが…なんとかなったねぇ」
もっと褒められるかと思ったら辛口批評だったのでずっこけそうになる。
「ちょ、ちょっとスミレちゃん。それはないんじゃないの?」
「おやおや。よく言うよ。代替わりしてたての頃、手塚としょっちゅう喧嘩してたのはどこのどいつだったかね?」
だってそれは手塚が頭固いから…!
「それにそれはあくまで最初のうちだけだったもんね。意外といいコンビんなったっしょ?ねー、手塚」
「…さあな」
「もー!」
でも手塚は口を緩めているのがにはわかる。
だからそんな言葉でも満足だ。
「あぁ、しかし乾汁がなくなってテニス部も平和になったもんだよ!」
豪快に笑う竜崎先生に不敵な笑みを返したのは乾本人。
「大丈夫ですよ、合格が決まってからこの一週間で堀尾に伝授しておきました。切磋琢磨してくださいね…」
眼鏡が怪しく光ったように見えたのはだけなのか。
乾汁が巻き起こした旋風が伝統ある青学テニス部に新たな伝統を残すようになろうとは。そこまで乾は計算済みだったのだろうか。
この楽しいときを、たやすく手放したくなどないのだけど。
時は刻々と過ぎる。それは過去へと姿を変えていく。
数々の試合も、今では過去なのだ。
いつから黙りこくったのかはわからないが、三年間を過ごしたコートでそれぞれは言葉を失った。
手塚はコートをぐるりと見回す。
大和部長との出会いは、大きかった。彼がいなかったら勢いであのとき俺は部をやめていただろう。大石がとめてくれていたとしても。
朝練は、季節によって太陽の出具合も違って澄んだ空気の中でコートも色を変えていた。
夜間照明の中でコートは浮かび上がり、ますます打ち込めた。
肘の怪我は、俺にとって負ばかりではなかった。
それを正に変えるのは俺自身の力だ。
大石に誓ったあの約束は、青学の中で大きな力へと。
ただ、欲を言うなら。
もう少し青学についていたかったが。
本当に俺は青学の柱として部をまとめあげることができたのか?
チームを離れた状態で。
…いや、いまさらだな。
青学の柱とは、俺一人のことではなかったのだ。
大和部長が言った、青学の柱とは。
決して一本ではなかった。
このコートに集った者全員が、青学の柱であることを忘れてはいけない。
新しい顔ぶれを含める柱を、太い一本にまとめあげるのは次の部長の仕事だ。
俺は本当に、お役御免なのだな。
部長という役職をやれて、良かった。心からそう思う。
自分に満足することなどないが、自信はある。
この場所に積み重ねてきた思いは代々より深くなっていくのだな。
試合会場はここじゃないはずなのに、試合中の部員の顔が頭をよぎる。
きっと日本中に腐るほどあるテニスコートの中の唯一ここだけが。
俺たちのコートだった。
別れを告げるのが、こんなに物悲しいことになるとは予想外だったが。
…やはり三年は、短かった。
ランキング戦でも部員たちがめきめきと力をつけているのがわかってどんなに楽しみだったろう。
負けたくはなかった、試合も。
悔しさはまだ胸に残るが
悔いはない。
だけどあの試合のあとの、の顔が忘れられない。
テニスは終わりにするんだ。
言い出したのは自分だし、そのためにがむしゃらになってテニスに打ち込んだこと。
何も恥じることはない。
ラケットを握るだけで人格が豹変するとか、でもどっちも俺は俺なんだから。
そんなに技術はなかったけれど俺の力がみんなの役に立てばいいと素直に思えたのはやっぱり仲間がこいつらだったから。
レギュラーになれずに三年を終えた奴も、絶対に思いは一つだ。
俺たちは思いでちゃんと繋がっていた。
これからもこれは繋がって、俺はその戦線からは外れることになるけれど。
悲しいことじゃない。
素晴らしいことじゃないか。
過去の栄光にしがみついて生きていくってわけじゃないけど、成し遂げたことの大きさは俺の中でこれからも俺を作っていく。
明日へと繋がって、俺の力になる。
明日の自分を手に入れるのは、自分だ。
だけどやっぱり、寂しいな。
ちゃんに引き止められたのが一番辛かった。
いつもは強気なちゃんが…泣きそうになるからさ…。
もう少しテニスをやりたかった、っていうのは単なるワガママでしかないけれど
でも俺はこの気持ちも自分だと認めて自分なりに消化していかなければならないんだから。
今から逃げてちゃ、ダメだな。
手にすっぽりとおさまるサイズの黄色いボールが、飛び交うコートに今は誰もいない。
俺だってこんな動きにくい格好でコートにいる。
変な感じ。すっげー変な感じ。
切れ長の大きな瞳にコート全体を映す。
かすかに揺れるネット。
俺にとったら学校=部活みたいな感覚だった。
何しに学校行くって、部活に決まってんじゃんみたいな。
あのレギュラージャージで試合に出ることもないのか。
あれを着てるみんなの姿も見ることはない。
幸い高等部にはみんな持ち上がるのが決まったけど、タカさんはやめちゃうし、だってどうするかわからない。竜崎先生も顧問じゃないんだ。
やっぱり違う。
このコートで、みんなと一番長く過ごした。
俺にとって最高の仲間だかんな。
大石とダブルス組んで、黄金ペアって呼ばれるまでになって。
始めはダブルスなんてダサいと思ってた。
やっぱシングルスがやりてー!ってずっと思ってたはずなのに。
ダブルスで得られる快感も、いっそうコンビネーションが合ってくるとどんどん調子も良くなって。
そりゃシングルスもいいけどさ。
ダブルスってめちゃくちゃおもしろいじゃん!って。
まさかここまで自分でもハマるとは思ってなかった。そんぐらいしっくりくる。
フォーメーションとかシングルスには無い楽しさだし、ま、同時に難しさでもあるけど。
試合中どんだけ自暴自棄になるなよ、って自分に言い聞かせても我を忘れることもあった。
自分の足らないとこ突きつけられた試合もあった。
かっこ悪くて情けなくて帰って一人で走ったっけ。
んだよ、チクショー!
…って自分に腹たって腹たって。マジ、ガキだよな。
でも俺は自分が強くなってんのわかるし、だからこそもっと勝負に貪欲になってみせる。
これからも絶対、悔しい顔なんて誰にも見せない。
みんなの前では笑って、チーム盛り立てるのが俺の仕事。
切り替え?
早いわけないじゃん。
試合負けてんのに。
だけど、ま、そういうとこは貫き通す。
にはバレてるみたいだし、それはちょっと気まずいけど。
あいつが知っててくれたらそれでいいか。
なんて、な。
四角い眼鏡に映るのは今はただ見慣れた無人のコート。どんなときも全てを積み重ねていったのはこの場所から。全てが始まったのもここから。
骨ばった指が黒ブチ眼鏡をズリ上げる。
多くのデータを取りながら自分の励みに変えてきた。
うまく焦りにならないように、よいプレッシャーとして自分を奮い立たせてきた。
レギュラーを落ちたとき、味わった屈辱と妙に燃え上がった不屈の精神。
負けることがあんなに悔しかったのは久しぶりだった。しかも年下の奴に。
人知れず、吠えた。
もくもくと基礎体力のアップに努めた。
意地っ張りな部分も認めざるを得ないほどに俺は、悔しかったからな。
ダブルスとシングルス、勝つためならなんだっていい。
青学が負けては俺が勝っても意味が無い。
団体戦という名目ではあるが、他の球技のようにチームプレーではないから仲間意識なんてそう芽生えるもんじゃない、なんて思っていたけどそれはとんだ間違いだった。
テニスは案外、孤独なスポーツじゃあなかったんだな。
データでもわかる、みんなの頑張りが少なくとも互いを刺激しあっていた。
負けず嫌いな奴ばっかりで、だからこそ競り合うことができた。
どんなときも諦めずに顔を上げられたのは仲間と呼べるみんなの力。
体力が底をついても自信がへし折られても、彼らの声が俺の心を支えてくれていた。
集中力、試合に必要なそれは何度も途切れそうになったあのシングルス3。
無我夢中でボールを追った、意識の外に響く声援。
今までの俺の全てを呼び覚ますかのごとく。
そして旧友に向かって勝敗は五分五分だと言っておきながら、胸のうちでは目の前の相手を超え続けると誓った。
海堂とのダブルスも、おもしろかったな。
にもデータのノウハウを教えてやろうと思ったのに、あいつはてんで駄目だった。
データの分析、とまではいかなかったけど見方ぐらいは叩き込んで多少成長したんじゃないか。
青学は本当に負けず嫌いが多くて厄介な学校…だよ。
これからも。
俺は新しいスタイルを目指す。
理屈じゃないぐらい、強くなってみせる。
風を操って、テニスを楽しめた。
カウンターを磨けたのは僕にとって大きい。
同期にも下にも、おもしろいプレイヤーがいて退屈なんてしなかったし。
だけどまぁ、僕だってこれからだから。
僕はペースを落とす気はさらさら無いよ。
追ってくるなら、迎え撃つ。
細腕と言われ続けたこの腕も、もう言わせない。
僕は自分の体をいじめる。
青学でよかった。
純粋にそう思えるのは今この周りに肩をつき合わせる仲間のおかげに他ならない。
覚めかけた獅子ばかりがひしめくこの学校でよかった。
熱い競争と、団結力。
この二つがあってこその青学。
…裕太のことも今となってはよかったと思えるけれど、青学にいてもおもしろかったのにな。
まさか僕が部活にここまでのめりこむなんて思ってもみなかったけど。
…周りが熱すぎて、感化されたかな。
今すぐには考えられない。
新しい環境が僕を待っていること。
実感はない。
意外と、居心地がよかったみたいだ。青学は。
僕にとってはクラスメイトよりもここにいる仲間たちと過ごした時間がどんなに大きいだろう。
僕が青学のレギュラージャージを着ていたこと。
それは、単純な思いがわかりやすいぐらいよく表に出ていたんだ。
誇りを、持っていたから。
この青いジャージに。
青学に。
同じコートで毎日汗を流した仲間たちに。
気高き誇り、それに包まれている自分が負ける気はしなかったよ。
袖を通せば、他に足りないものなんて何もない。
それぐらい特別な僕を取り巻く全てのもの。
このコートも、顔ぶれも、ここから見上げる空も何もかも。
特別なんだ。
こうしてずっと一緒にいてくれた、君も。
いつしか。
いつしか…。
気がつかない間に、君の特別を欲しくてたまらなくなっていたんだ。
君がつまづいたとき、真っ先に手を差し伸べたいと思うようになったんだ。
日課なんだ。俺にとって。
毎日朝一でここに来て、部室の鍵を開けて気合を入れる。
たいてい次に顔を出すのは手塚かだったな。
海堂はもっと早くに学校に来る前に走っているみたいだったし。
手塚が一度すごく眠そうな顔できて、とこっそりイイモノ見たって目を合わせた。
がいてくれて俺はどんなに助けられたんだろう。
あんなにガサツで大丈夫なのか?って正直思ってたけど、変なところ敏感で、変なところ鈍感なんだよな。自分に素直なところに安心させられた。あいつのせいで気苦労が増えたとこもあるけど、そんなことよりあいつに救われたことのほうが多い。それに気苦労かけられたっていうか、俺が勝手に心配してたに過ぎないとも言える。
俺は、強くなったかな。
自分に限界を見たくない。
上だけ、見ていたい。
あぁ、そうだな、副部長としてしっかり手塚をサポートできた。
黄金ペアとしても自分を高められた。
コントロールの正確さはどうしても疲労とともに鈍る。もっと体力をつけなければいけないし、瞬発力だって。
足りないものが見えすぎて、俺をせきたてる。中学生頃から急激に筋肉をつけるのはよくないという。そういうバランスも、これからはもっと勉強していかなくてはならない。
選手としての自覚。
俺は十分に育んでこれたのだろうか。
全国という目標を一つ超えた今、俺の目前にそびえ立つのは新たな山。
その頂からの景色を自分の目で確かめるんだ。
そのために。
もっともっと、努力を続けなければいけない。
この青学で培った、精神力。魂ともいえるそれを、燃やし続ける。
全ての実力、自信、それらは努力の上に成り立っているんだ。
青学というプライドを自分の中に掲げて。
慢心という最大の敵に打ち勝つ。
大石はくるりとみんなのほうを振り返った。
「そろそろ行くか!」
「そうだな、タカさんちに迷惑がかかっちゃうからね」
不二もみんなを促すように歩き出した。
それにつられて卒業生たちはぞろぞろとテニスコートを後にし始める。
「ほら、も行くぞ」
まだ呆然と立ち尽くしているの肩を軽く叩いた。
「ん。行こう」
無防備に微笑んで、大石の横に並ぶ。
「早いもんだ。もう卒業か。大石、胃の具合はどうよ」
「胃か。最近はすこぶる快調だ」
「中学生が『すこぶる』って…」
「わーらーうーな」
ひとしきり笑っては大きく伸びをした。そして息を吐き出す。
「いつかその前髪切らせてよね」
「…そんなに変か?」
「うん」
「……アイデンティティーだと思ってくれ」
「…そんなに気に入ってるのかよ…大石」
自分の教室にめいめい置きっぱなしにしてあった鞄を回収して、学校を出た。鞄を教室に置きっぱなしにしていたのが間違いだった。鞄の周辺に積み上げられたプレゼントの山を全部引き上げなければいけなかったのが重労働だった。
「なんであたしまであんたらのプレゼント運ばにゃならんのよっ…!」
持ちきれないそれはの分担になった。
「ごめんね、ちゃん。うちに着いたらなんとかするから」
「タカさんありがとー。ってか、これタカさんのじゃなくて不二のじゃんっ」
「僕の人気実感してくれた?」
「したくもない」
今すぐ全部不二に突き返したいが、生憎不二は本当に手一杯の様子。
仕方が無い。
「先輩ら遅すぎっすよっ!!」
タカさんちに着くや否や桃の大声が上がった。
「…あ、しまった。じゃねーや!先輩方、ご卒業おめでとーございまーす!!」
慌てて取り繕った桃に、卒業生一同冷たい視線。
「もーもー!大概なお迎えじゃんか!?」
「すんません、英二先輩。腹減っちまって」
さすがに部員全員は入れないから、歓送会は次期レギュラー候補のみが集合している。
その中にはもちろん海堂、リョーマの顔もある。
「…おめでとうございます、先輩方」
「おめでとうございマース。どうせコートとか部室でしんみりしちゃってたんでしょ?」
大会の後の祝勝会と同じノリで、てんやわんやの大騒ぎ。次期レギュラー候補には荒井や池田の顔もあって、新鮮ながらも自分たちの卒業を突きつけられた気がした。
盛り上がらないはずはなくて、食べたりゲームしたり何故かあるカラオケで点数競ったり、それはもうお祭り騒ぎ。だけどそんな騒ぎも落ち着いて、徐々にしんみりし始める。
歓送会の司会者である桃がマイクを持った。
「それではここら辺で、俺たちから卒業なさる皆さんへ、お礼の言葉とさせていただきます!じゃー、まず海堂から」
「!? なんで俺からなんだよ!!」
「はぁ?!いちいちガタガタ言うんじゃねーよ」
「…ちっ、仕方ねぇな…。あー、先輩方。ご卒業おめでとうございます。俺は…色々学ばせてもらったし感謝してます。…俺は、青学は、これからも負けねぇ!安心しといてくださいよ」
最上級生としての自覚が出てきたのだろうか。その言葉には今までとは違った重みがあった。
リョーマも生意気な笑顔で一人一人の目を見て、言った。
「あんたたちがどんだけ上へ行っても、俺はあんたちを超えるから…覚悟しといてよね」
「俺ら、青学を引っ張っていきますよ。常勝青学の名を、刻んでやります」
桃がまっすぐ手塚の目を見る。
きっとみんな、手塚が部長だったことを誇りに思ってる。
自分たちが青学の一員だってことにも。
手塚が次期レギュラー候補たちの目を順番に見る。
「みんな、本当にありがとう。…これからの青学を、頼んだぞ!」
次期レギュラー候補が「はいっ!!」と声を合わせた。
「、おまえも…ありがとう」
突然手塚に話をふられて、戸惑う。
「おまえなしで、全国はありえなかった」
「…いきなりマジになんないでよっ、照れるじゃん」
「ちゃん、ありがとう」
「君には本当に感謝してるよ」
「そーそ!みんなすっげありがたいと思ってんだぜ!」
「よくやってくれたよ、。ありがとう」
「本当に助けられた、に」
畳み掛けるようにかけられる感謝の言葉に、そのあたたかさに、柄にも無くは涙をこらえ切れなかった。
「先輩、俺らだって先輩にお世話になって、本当に感謝してるんスよ」
「…ありがとうございました」
「今まで我慢してたの?ほんとアンタって強情だよね」
だって、泣くほどじゃないじゃん!
高等部に上がるんだしお別れじゃないんだしさ。
なのになんであたしが泣かなきゃならないの…!
そんな思いとは裏腹に涙は余計勢いを増した。
「、はい」
英二の声に顔を上げると、の目の前に差し出される拳、拳、拳。
三年生部員が揃って握り拳をに向かって差し出していた。
「両手、広げて」
状況が飲み込めないまま両手を皿のように広げると、そこにみんなの手から何かが載せられる。
「第二ボタン!」
両手にいっぱいの、金色の丸っこいボタン。
よく見ればみんなボタンなんてもぎ取られてみんなの学ラン、すっからかんなのに。
「ありがとう…!」
あたし、青学のマネージャーでよかった。
みんなといられて、よかった。
みんなから多くのもの、もらったよ。
恥ずかしくて言えないけど、本当にみんな大好き。
これからも、よろしくお願いします。
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皆様こんにちは、会長のハミガキです。
三年生ばかりでごめんなさい。
これは私の本家サイトで1万打記念のときに企画の一つとして書いたものです。
ですが青学への愛をたっぷり込めたのでこちらにもアップしてみました。
最後まで読んでくださってありがとうございます。